河野がいろんな人と対談、鼎談していきます [河野武 責任編集ブログ]
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早すぎたCGMサービス「オルトアール」の話(その4)


今回は2004年頃から日本でも一気にブレイクしたブログについて、船田さんの意見を伺っています。
ぼくは自分でもブログを6年近く書いてるし、ブログの会社にいたくらいなので当然のように超肯定派なんですけど、船田さんの目にはどう映ってるのか、とても興味がありました。

ではどうぞ。

船田さんから見たブログについて

河野:
ぼくはシックス・アパートで働いてたくらいなんで、ブログをわりと肯定的に捉えていて、それこそこれがもっともっと、さっきの話で言うと、パソコン通信の終焉から次のステップに行く時に、ブログはいいんじゃないかと思ったんですね。
船田:
うん、うん。
河野:
要は、何書いてもいい場所が自分用にあって、ここに書いてると、もしかすると誰かと繋がれるかもしれない、みたいなのがいいなあと。
ぼくとしては、オンライン上に個人の声だったり、それはいわゆるテキストデータに限った話じゃないんですけど、そういった個人発(発信)のデータがたくさんアップされてることは、もう絶対的に善だろうと思っていて。
それを支援するツールとしてブログはいいなあと。自分でもわりと早いタイミングで使ったし、結果的にそっちの会社に入ちゃったりもしたんですけど。

ちょうどMovable Typeの日本語化ってのが2003年くらいから始まってて、その末から2004年にはココログを始め、ライブドアブログだとか、Yahoo!ブログだとか、ああいう無料ブログサービスっていわれるものが出てきたわけですが。
船田さんは、ブログってものをどんなふうにご覧になられていたんですか?

船田:
まず、ネット上で日記を書く行為ってのは、その前からあったと思うんですけども、堀越英美さんから「あれをアメリカではブログと呼ぶらしい」って聞いたんですよね。
河野:
はい。
船田:
カタカナ3文字の名前がつくっていうことは、まあメディアとして認知されたってことですよね。その行為にわかりやすい名前がポンとついたと。
河野:
そうですね。
船田:
ブログが出てきたときに、こういう形になってくんだなっていうのは、思いましたね。特に(Googleが買収した)「Blogger」を見た時に思ったのかな、いや違うかもしれない。ちょっとそのへんは曖昧なんですけど、ブログっていう概念を聞いて、それから少し観察していて、最終的に決め手になったのはRSSですかね。
河野:
ああ、日記に書いてありましたね。
船田:
ブログだけだったならば、やっぱり無秩序で、場合によってはタコ壺がたくさん並んでるだけのごちゃごちゃしたところになっちゃうかなというのもあったんですけど、RSSというフォーマットで、それがゆるーく、ざっと、網に掛けられる状態になったことで、ブログっていうモノ全体をひとつのメディアとして、考える余地が出てきたと思ったんですよね。
河野:
はい。
船田:
だから、ブログっていう言葉を聞いた時は、短いラベルがついたことで、認知が上がって、わかりやすくなったなという程度だったんですけど、RSSを知った時に「ああ、こうなっていくんだな」って感じましたね。

河野:
RSSは「オルトアール」も対応されてましたよね。
船田:
そうですね、RSSでみんなが書いたものが引けるようになれば、ブログの空間と「オルトアール」の空間が、「オルトアール」的にいうと、すごくゆるーく繋がっていくわけですよね。
ま、「これやっちゃうと、みんなブログの方が良くなっちゃうんじゃないかな」とも思ったんですけど(笑)
河野:
ははは(笑)
船田:
まあ、もうそういう時代なんだろうなと思ったんで、RSS(の実装)については迷いがなかったんですよね。

なぜメールだったのか

河野:
もうひとつ、ぼくがちょっと気になってたことを聞かせてください。
「オルトアール」ができた当時は、サイト上にIRCの解説テキストがあったりとか、国内のチャットサービスのディレクトリがあったりとか、わりとチャットを取り上げてましたよね。実際にチャットのシステムも作られてたし。
船田:
はい。
河野:
だけど、「ML-5」のシステムを「開放区」としてユーザーに提供して、まああとでそこにはチャットもつけましたけど、基本はメーリングリストっていうか、メールが中心のサービスでしたよね。
船田:
そうですね。
河野:
で、それこそ最近ちょっと流行ってる、同期・非同期みたいな話でいくと、メールって非同期型のコミュニケーションツールじゃないですか。
あの時にサービスの中心に、チャットではなくて、メールを選んだのは、どういう理由なんですか?
船田:
えっとですね、おおもとの、「オルトアール」って名前がつく前の、やりたいことを無理やりビジネスにくっつけたバージョンの企画書は、チャットの企画書だったんですよ。

リアルタイムのコミュニティ……、コミュニティって言葉をたぶん使ってなかったと思うんですけども、ネットワークゲームの発想に近いんですよね。それまでゲーム屋だったわけですから。
ゲーム屋だったワタクシが、パッケージゲームはもうダメだと思って。

河野:
(笑)
船田:
じゃあネットワークゲームにしましょう。その場合、ベースになるのは、やっぱりチャットですと。チャットの上にアバターがあったりとか、マップ的な空間があったりっていうふうに、拡張していくことで、何か新しいものができると思うので、みなさんよろしくお願いしますってのが企画書の趣旨であり方針になってました。
河野:
なるほど。
船田:
で、その方向も、粛々と作ったんですけども、ゲームの空間よりもまず、非同期な、ゆるい場、つまり時間軸上もゆるいし、距離感的にもゆるい空間がまずないといけないなと。そこで人が知りあって、より濃い空間であるオンラインゲームに行くっていうストーリーじゃないと、ワンストップのサービスとしては成立しないと思ったんです。
じゃあ、順番からいうとゆるい方が先かなと思って、あのシステム(オルトアール)を作ったんですよね。まあ結果的にはゆるい方ばっかりやっちゃったっていう……、なんかゴメンナサイっていう、そういうとこ、あるんですよね(笑)

河野:
ははは(笑)
ぼくは、「オルトアール」はメールだったから良かったなとすごい感じるんですよね。それは今のネットを見てても、リアルタイムの良さみたいなもの……、もちろん当時からぼくらは考えてたし、リアルタイムだからできることってのがあるのもわかってるんですけども。でも、同じ時間に繋ぐって、けっこうしんどい話じゃないですか。
船田:
そうですね。
河野:
だから、あの時に、うーんどういえばいいのかな、遅いキャッチボールっていうか、ゆるいコミュニティは、ぼくとしてはすごい使いやすかったんですね。
船田:
パソ通第一世代なので、それこそ20歳代前半は、毎晩、ずーっとチャットしてたクチなんですよね。NTTに何万円と払ってたクチなので。
河野:
ぼくも近いものがありました(笑)
船田:
ちょっと今、名前が出てこないんですけども、アメリカの心理学者の本で、社会に完全に適応できてない状態の若者たちが、学校出てから社会に入る間までのモラトリアムとして、チャットみたいなものがあるっていう説明を読んだことがあるんです。
河野:
はい。
船田:
自分としては、それは納得できる説明だったんですよ。
でも「オルトアール」を作る時は一応、大人だったんで、大人はチャットできないよねってのが、まず前提としてあって、大人が普段使うインターネットのツールは、まあメールですよね。で、HTML書けないって人も、パッケージソフトを買わない人も、メールならほとんどの人は必ず使うと。
メールが軸になって、そこでたいていのことができるっていう環境を作ってから、そこにいろいろ付け加えていくのが、先ほど言った、より濃いリアルタイム性だったりとか、いろんな意味でより濃いサービスに向かっていく上でのストーリーとしては正しいというような気がしたんですよね。
河野:
なるほど。
船田:
あとはその、メールっていうのは、タダでいくらでも使えるっていう感覚が、当時から、他のものと比べると、あったのかもしれないですね。

(取材日:2009/7/9、取材場所:デジカル株式会社、会議室)

前回のmixiに続いて、今回はブログについてどう思ってるかを質問しました。あと当時も掲示板やチャットなどのサービスはあったのに、メールを中心にした理由もずっと聞きたかったので、いろいろわかって良かったです。

次回はいよいよサービス終了の話を伺います。

2 comments

1 sakurarebo { 08.05.09 at 11:41 AM }

はじめまして。
社会に適応しずらい若い人たちモラトリアムとして利用するネットというくだりにちょっと興味が湧きました。
私個人として思うに、サービスの形はどうであれ、インターネットの一つの方向性としては、とても今の社会状況では、好ましいことじゃないかなと・・・・。

2 河野 { 08.05.09 at 4:16 PM }

コメントありがとうございます。
そうですね、ぼくもインターネットがどのようなカタチであれ、誰かを救うために使われることはいいことだと思います。
閉じこもっちゃうのはダメですけど、徐々に順応していければいいですね。

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