河野がいろんな人と対談、鼎談していきます [河野武 責任編集ブログ]
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早すぎたCGMサービス「オルトアール」の話(その8)


8回にわたってお送りしてる今回の対談もついに最終回です。

最後の質問は、当時のユーザーのみなさんへ船田さんからのメッセージをお願いしました。じっくり味わって読んでいただければ幸いです。

「オルトアール」の元ユーザーのみなさんへ

河野:
そろそろ時間が来たので、締めに行きたいんですけど、この対談コンテンツを公開すると、当時の「オルトアール」ユーザーの方たちがきっと、読みに来てくれると思うんですね。だから彼らになんか、メッセージをお願いできますか?
船田:
おぉー。
河野:
ちょっと、イイ話を(笑)

船田:
ウッソー、ひねくれてるからなあ、オレ(笑)
んー、……難しいですね。「思い出」っていうキーワードに対しては、ポジティブな感情とネガティブな感情があると思うんですよね。「思い出」っていう言葉を聞いて、何かを感じてる自分を、遠くから引いて見た時には、どうですか?
河野:
ぼくは、どっちかっていうと、ネガティブな感情が勝ちますね。なんていうか、「それはそれとして今、どうよ?」とか「明日、どうよ?」っていう話をしたい人間なんで、あんまりなんか……(苦笑)
船田:
僕もどっちかっていうとそっち系なんですけども、そうは言いつつ、ネガティブな部分を除いたポジティブな部分だけ、思い出として残しておいたりしてもらえるといいかなと。思い出も、ないと寂しいじゃないですか。
河野:
そうですね。
船田:
インターネットは慌ただしく、ゴチャゴチャゴチャゴチャしてて、あんまり良くないこととか、楽しくないこととかも、日夜、頻繁に起こっているわけですよね。
河野:
はい。
船田:
そんな中で、思い出のポジティブな部分だけ、美化して、残していただけると、2007年、やめた甲斐があるなと(笑)
河野:
(笑)
船田:
という感じですかね(笑)
人によっては、いい思い出を残すってことを、自分から積極的に考えてやってく人もいるじゃないですか。
河野:
そうですね、はい。
船田:
そういうのって、生き方として賢いと思うんですよね。いい思い出を作るのは簡単ではないから、大事にするに越したことはないと思います。

河野:
ありがとうございます。
じつは今回お会いするにあたって、「オルトアール」のユーザーが書いてるブログなどをネットで検索してたんですよ。で、いちばん書き込まれているのが2007年7月の、あの(事件の)タイミングだったんですけど、それ以外にもいろいろ書いてあるんですよね。ある人はポッドキャストでしゃべったりとかしてて。

それぞれのユーザーさんの中で、まさに「オルトアール」で過ごした日々が思い出として残ってて。それは、なんていうのかな、ぼくがそれを読んで感じたのは、そう、これはひとつの、評価軸なんだろうなと。
当時の「オルトアール」は楽しかった、それと比べて、今のTwitterってどうだろう、だとか。

船田:
Twitterはヒドいとかね(笑)
河野:
ははは(笑)
あるいは「mixi」ってどうだろう、「モバゲー」ってどうだろうみたいに。それこそあの7年に、ある人は1年しか使ってない、ある人は5年使ったのかもしれないんだけども、あそこで過ごした時間とそこでの体験が、みんなの中でネットのコミュニケーションの楽しさとか、もっと言うと可能性みたいなものを、それぞれが感じてくれてたみたいに見受けられるんですよね。
船田:
はい。
河野:
当時と比べたら、ネットユーザーなんて、数だけなら倍じゃ効かないくらいいるわけで、当時はメールアドレスをようやく、いろんな人が持ち始めたぐらいで、自分のホームページ持ってる人も少なかったし、ましてや週末しか使わない人が大半で、平日の夜メールしたらその日のうちに返ってくることが珍しい時代だったわけですよね。

だから、あそこ(オルトアール)にいた人って、たぶんリテラシーも高かったし、今でもそういう人だと思うんですけど、彼らが今のオンラインコミュニティとか、ネットメディアと接する時に、心の中とか頭の中で比較して、目の前のサービスのいいところを見ようとしたりしてるのかなあと。

船田:
そうですね。絶対的に良かったとか、悪かったとかじゃなくて、まあ、ひとつの軸として、自分の中に1本、残しとくっていうふうになれればいいですね。
今の河野さんの捉え方はいいですよね。僕的には、その言い方が一番、いいなあと思います。

絶対的な価値は、当然、いろいろとあると思うんだけれども、基準みたいなものを共有できるかどうかって、大事なことですよね。
で、あれはああだったよねって、じゃあそっから先の話をしようって、基準があるからこそできるわけだから。

河野:
そうですね。彼らは今、何やってるかひとりひとりわかんないですけど、でもいいモノを持って、今もネットで遊んでくれてるのかなって、感じはします。
船田:
そういうふうに言っていただけると、自分の中でいちばんバランスの取れた説明のような気がしますね。
河野:
良かったです。じゃあ、今日はどうも、ありがとうございました。
船田:
ありがとうございました。思った以上に。
河野:
おもしろかったですね(笑)

(取材日:2009/7/9、取材場所:デジカル株式会社、会議室)

以上で対談は終了です。

一時間強のトークでしたが、文字にして25,000字近くあるほど濃密でした。船田さんから見て、いまのネットサービス、とりわけCGMと呼ばれる領域のサービスのことをどう思ってるのかが聞けたので満足です。

もし当時「オルトアール」で遊んでた方がいらっしゃれば、ぜひコメントしてください。船田さんのブログにお邪魔するのもいいかも。

最後に同行してくれた藤田さんとぼくの感想を。

取材を終えて(藤田)

今回のインタビューは、かつての「オルトアール」ユーザーだった方ももちろんですが、僕としては、2000年のネットバブル以降に、この業界に入ってきた人たちに、特に読んでもらいたいと思います。

インターネットは新しい業界・仕事のイメージがあり(そういえば最近「ネット」とは言いますが、「インターネット」とはあまり言わなくなりましたね)、参考になる先人の知恵的なものが少ないと昔は思ってたのです。でも気付けば、Windows95が発売(1995年11月発売)されてから、早14年。

いろいろと条件や環境、技術は、日々変わっていきますが、変わらないものもあったんだなと思うと同時に、それらは参考になりうるものだったということに気付かされます。

逆に言えば、変わらないもの(コミュニケーション、ビジネス)が、これから先の変わるもの(条件や環境、技術)によって、今後どういうことが起こりうるか、どんな新しい可能性があるのかを考えられるということでもあります。

僕は「オルトアール」のことを、2年くらい前まで知らなかったのですが、パソコン通信(FirstClass)は、やっていましたので、共感できるお話が多かったです。
そして、船田さんは当時、そのパソコン通信をやっていた人たちと同じ匂いを感じる人でした。

このインタビューが、こういう人がもっと出てくるきっかけになれば、と思います。

取材を終えて(河野)

約7年ぶりの再会ということで、お互い年をとったわけですが、自分がようやく当時の船田さんの年齢になったことで、いろいろと思うことがあります。

当時のぼくは自分でも「まんがseek」というコミュニティサイトを運営していたし、そもそもニフティに入社したのもネットコミュニティを作っていくことに関心があったわけですが、実際にそこについては自信も(それなりの能力も)あったんだけど、それをビジネスとして捉えてはいなかったし、はっきり言えば「甘チャン」だったと思うわけです。

「人が集まれば、あとはなんとかなるでしょ」という浅はかで愚かな人たちを、今のぼくは批判しているわけですが、当時のぼくは似たようなものでした。ましてや当時は今よりも広告モデルが成立しにくかったので、ぼくが「手伝いたい」と会いに行ったのは、「楽しそうだから仲間に入れて」と大差ない話です。思い出すとちょっと恥ずかしいくらい。

で、まあそうは言ってもぼくもあれから経験を積んで、楽しいこと(趣味や道楽)とビジネス(金儲け)を分けて考えられるようになったし、それらをどの一点で結びつけられるかを考えるのが実際に自分の仕事になってたりするわけですが、こうしてオリンピック2回分の年を経て再会するというのは、人生はほんと何が起こるかわからないものだなあとつくづく思います。

この対談で話してるのを自分で読み返してみて、ぼくがブログに可能性を見いだしたのは、まさに「ひとりごと」の延長に会話が生まれるという部分だということがよくわかった。これは、ネットを使えば時間や空間を飛び越えて、いろんな人と会話できるという、ネットの本質を追求したいという考えなんだけど、同時に、船田さんが「オルトアール」を作っていくアプローチと決定的に違いがあることも感じた。

会話には相手が必要で、その相手となる誰かを連れてくるってのはとっても大変なことで、だからぼくなんかは後回しに考えちゃうんだけど(その結果、まずは「ひとりごとから始めよう」となる)、船田さんのアプローチは違ってて、だったら誰でも始められる「雑談」を扱おうとしたのがすごいなと。
もちろん仕組みとしては最初に数人の友人がいる前提のサービスになってしまうんだけど、今のぼくはこっちのほうが健全で王道な気がする。
(だからこの観点で言うと、Twitterはブログの後継になるわけ)

まあまだまだいろいろと書きたいことはあるんだけど、あのとき「オルトアール」で遊んだ数年間はぼくにとっては本当に財産で、自分の中では「超えなきゃいけないハードル」として今でも常に意識しているサービスです。

あと、同人誌でも船田さんのインタビューが読めます。ぼくはこれを読んでたのもあって、できるだけ重複した質問を避けるようにしたので、ご興味のある方はこちらから購入できます。

それではまた。

4 comments

1 tikuo { 08.16.09 at 8:06 AM }

元Alt-Rー(オルトアーラー)として楽しく読ませていただきました。
「早すぎたCGMサービス」というのはほんとうにそうだったのかも。
mixiをはじめとしたSNSが出てきてからも、そちらに移行する必要性がまったく感じられず、むしろ使ってみると「Alt-Rならこういうことが出来るのに」と感じてしまいます。
Alt-Rを使っていたときに、他の掲示板などと違うと感じたのは、「相手は人だ」ということ。1日中ずっとつぶやいていた人も、夜中にはハタと書かなくなる。当時の掲示板や2chだと高度な人工無能のように感じることが多かったですね。
そういうところや横の繋がりを含め、twitterなどのミニブログの居心地のよさはAlt-Rと少し似ています。

2 河野 { 08.17.09 at 8:37 AM }

tikuoさん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり、向こうにいる人を感じられたのが、オルトアールのいいところでしたよね。アナログさを残してるというか、生っぽいというか。
で、Twitterにそのエッセンスが残ってるのも同感です。不特定多数なんだけど、その不特定が(誰かはわからないまでも)個々に特定できて、ただの「その他大勢」じゃないのがいいですね。

3 fumi { 08.30.09 at 12:42 AM }

久々にネットでいい読み物を読んだと思います。
ありがとうございました。
パソコン通信~オルトアール~twitterって流れの人たち多いんじゃないかなぁ。
基本は、本当に人なんですよね。junk.test的な何かが面白いというか。

4 河野 { 08.30.09 at 11:31 AM }

fumiさん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり基本は人なんだと思います。人だからこそ快適さとか、居心地の良さを求めるわけで、それにネットを使ったサービスがどう応えられるのかってことなんですよね。

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